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24-023No.1 [音楽]

★ダイレクト・トランスファー CD-R 2024年3月新譜 3点発売★
発売予定:2024年3月下旬発売予定 価格:各1枚 ¥800(税込み)
※セット販売ではありません。1枚づつお申し込みいただけます。

78CDR-3935
ショパン:ワルツ集(第1-14番)
アルフレッド・コルトー(ピアノ)(ピアノ:Steinway)
仏 DISQUE GRAMOPHONE DA4982/84(25cm盤), W1603/05(30cm盤)
1943年5月24日パリ録音
コルトー2回目のショパン:ワルツ集。第1回は1934年録音(78CDR-3072)。アルフ
レッド・コルトー(1877-1962)は1892年パリ音楽院のルイ・ディエメール(1843-
1919)のクラスに入り、1896年一等賞て卒業した。1905年にヴァイオリンのジャッ
ク・ティボー(1880-1953)、チェロのパブロ・カザルス(1876-1973)とピアノ・
トリオを結成した。1917年にパリ音楽院教授に任命され、1919年パリにエコー
ル・ノルマル音楽学校を設立した。この録音はコルトー66歳の時にパリで行わ
れた。1934年の第1回録音では、プレイエル社のピアノを弾いていたが、ここで
はスタインウェイ社のピアノを弾いている。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジのスピリッツSP78rpm(4mil 針)とコルグの[DS-DAC-10R]DSD
録音機を使用した。

78CDR-3936
R.シュトラウス:ヴァイオリン・ソナタ変ホ長調作品18
ヤッシャ・ハイフェッツ(ヴァイオリン)
アルパード・シャーンドル(ピアノ)
日VICTOR JI-22/25A (米VICTOR 7894/7Sと同一録音)
1934年2月6日 ニュージャージー、カムデン、RCAスタジオ録音
オリジナルSP盤の面と面の間は編集していません。レコードに入っているま
まです。曲はリヒャルト・シュトラウス(1864-1949)が1887年から1888年にかけ
て作曲した唯一のヴァイオリン・ソナタ。ヴァイオリンのヤッシャ・ハイフェッ
ツ(1901-1987)はロシア生まれのアメリカのヴァイオリニスト。ペテルブルグ音
楽院でレオポルド・アウアー(1845-1939)に師事し、10歳でデビューした。1917
年16歳の時にロシア革命を逃れ一家はシベリア経由でアメリカに移住した。そ
の途中日本に立ち寄ったと伝えられる。移住後、少年ハイフェッツは一流ヴァ
イオリニストトして待遇された。その後青年期、壮年期から引退するまで世界
最高のヴァイオリニストとして崇められた。ピアノのアルパード・シャーンド
ル(1896-1972)はブダペスト生まれ。ブダペスト音楽院でバルトークやコダーイ
に師事した。1933年にアメリカに渡り、1943年に市民権を得た。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジのスピリッツSP78rpm(4mil 針)とコルグの[DS-DAC-10R]DSD
録音機を使用した。

78CDR-3937
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第12番変イ長調作品26「葬送」
レオニード・クロイツァー(ピアノ)
日COLUMBIA JW 93/4
1937年6月頃、東京録音
レオニード・クロイツァー(1884-1953)はドイツと日本で活躍したロシア生まれ
のピアニストで指揮者。両親はユダヤ系ドイツ人。サンクトペテルブルク音楽
院でアンナ・エシポワにピアノを、アレクサンドル・グラズノフに作曲を学ん
だ。1906年ライプツィヒに移住、アルトゥール・ニキシュに指揮法を学んだ。
1922年から1933年までベルリン音楽大学教授。1931年初来日。1933年再来日。
近衛秀麿の要請で帰国せず、1937年から亡くなるまで東京音楽学校(現東京芸
術大学音楽学部)教授をつとめた。1942年ナチス・ドイツの欠席裁判によって
ドイツ国籍を剥奪され無国籍となった。1953年10月28日リサイタル中に心筋梗
塞を起こし2日後に死去した。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジのスピリッツSP78rpm(4mil 針)とコルグの[DS-DAC-10R]DSD
録音機を使用した。
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24-02 No.1 [音楽]

★ダイレクト・トランスファー CD-R 2024年2月新譜 3点発売★
発売予定:2024年2月下旬発売予定 価格:各1枚 ¥800(税込み)
※セット販売ではありません。1枚づつお申し込みいただけます。

78CDR-3932
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番イ長調作品47「クロイツェル」
シモン・ゴールドベルク(ヴァイオリン)
リリー・クラウス(ピアノ)
日COLUMBIA JW100/104
1936年12月4日&7日、1937年4月27日、ロンドン録音
ヴァイリンのシモン・ゴールドベルク(1909-1993)はポーランド生まれ。8歳の
時ベルリンで名教師カール・フレッシュ(1873-1944)に師事し、12歳でワルシャ
ワでデビューした。1916年16歳でドレスデン・フルハーモニーのコンサートマ
スターに任命され、1929年20歳の時フルトヴェングラー(1886-1954)の招きでベ
ルリン・フィルハーモニーのコンサートマスターに就任した。1934年政権を得
たナチスによってその地位を追われ、ニューヨークでデビュー、戦後アメリカ
国籍を得て演奏活動と後進の指導を行った。1990年から没年まで新日本フィル
ハーモニーの指揮者をつとめ、富山県の立山のホテルで死去した。ピアノのリ
リー・クラウス(1903-1986)はハンガリー生まれ、ブダペスト音楽院でゾルター
ン・コダーイ(1882-1951)の薫陶を得た。1942年シモン・ゴールドベルクと楽旅
中、ジャワ島で日本軍に捕らえられ、家族共々1945年まで抑留生活を送った。
戦後はイギリス国籍を取得し活発な演奏活動を行った。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジのスピリッツSP78rpm(4mil 針)とコルグの[DS-DAC-10R]
DSD録音機を使用した。

78CDR-3933
ブラームス:チェロ・ソナタ第1番ホ短調作品38
ベアトリス・ハリソン(チェロ)
ジェラルド・ムーア(ピアノ)
英 HIS MASTER'S VOICE D1380/82
1927年4月11日 ロンドン録音
ベアトリス・ハリソン(1892-1965)は20世紀前半に活躍したイギリスの女流チェ
ロ奏者。インド北西部のルーキーに生まれ、幼少期に一家はイギリスに戻り、
ロンドンの王立音楽院で学んだ。その後ベルリン高等音楽院に留学、1910年に
メンデルスゾーン賞を受賞、ベヒシュタイン・ホールでデビューした。師はフ
ーゴ・ベッカー(1863-1941)。ハリソンは1920年11月、HIS MASTER'S VOICEに
エルガーのチェロ協奏曲を作曲者の指揮で録音(HMVD1507/09)したのを皮切り
に、イギリスの作曲家、特にディーリアス(1862-1934)の作品の多くの初演を
行った。ピアノのジェラルド・ムーア(1899-1987)はイギリスのハートフォー
ド生まれ。名伴奏ピアニストとして多くの歌手や器楽奏者と共演した。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジのスピリッツSP78rpm(4mil 針)とコルグの[DS-DAC-10R]
DSD録音機を使用した。

78CDR-3934
シューマン: 女の愛と生涯 作品42
(1)あの人に会ってから
(2)だれよりも素晴らしい彼
(3)わたしにはわからない
(4)指につけた指輪よ
(5)やさしい友よ、君の眼差しは
(6)いまあなたは最初の悲しみをわたしに与えた
エミー・ベッテンドルフ(ソプラノ)
フリーデル・ヴァイスマン(ピアノ)
日Parlophone E 10696/89(独 Parlophone P 9281/3と同一録音)
1926年12月13日&9月30日 ベルリン録音
(第5曲「友に手をかして」と第7曲「わたしの心に、わたしの胸に」は録音され
ていません)
エミー・ベッテンドルフ(1895-1963)はフランクフルト生まれのソプラノ。1909
年、14歳の時フランクフルト歌劇場でデビュー。1920年から1924年にベルリン
国立歌劇場、その後ベルリン・ドイツ・オペラに出演した。ドラマティック・
ソプラノでオペラだけではなく、あらゆるジャンルの声楽曲をこなし、生涯に
300枚に及ぶSPレコードをドイツのPARLOPHONEに録音した。舞台を引退後レコ
ード録音を続けると同時にベルリン音楽院で教鞭をとり、その後病気がちで68
歳で死去した。伴奏者のフリーデル・ヴァイスマン(1893-1984)は指揮者でピア
ニスト。1921年から1933年の間に、ドイツのPARLOPHONEとODEONレーベルに多数
の録音を残した。ラッパ吹き込み時代の1924年-25年にかけてベートーヴェンの
交響曲全曲の初録音をしている。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジのスピリッツSP78rpm(4mil 針)とコルグの[DS-DAC-10R]
DSD録音機を使用した。
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24-01 No.1 [音楽]

★ダイレクト・トランスファー CD-R 2024年1月新譜 3点発売★
発売予定:2024年1月下旬発売予定 価格:各1枚 ¥800(税込み)
※セット販売ではありません。1枚づつお申し込みいただけます。

78CDR-3929
「超人歌姫! 関屋敏子名唱集(1)」
見よ優しいひばりを(ビショプ)(英語歌唱)
セレナーデ(シューベルト-堀内敬三訳詩)
子守歌(シューベルト-内藤 濯訳詩
旅愁(オードウェイ作曲-犬童球渓訳詩)
故郷の廃家(ヘイズ作曲-犬童球渓訳詩)
庭の千草(アイルランド民謡)

関屋敏子(ソプラノ)
ナサニエル・シルクレット指揮
ヴィクター・サロン・オーケストラ
Nカルロ・サバイーノ指揮
ミラノ・スカラ座管弦楽団
管弦楽伴奏
日VICTOR J1001 1932年2月4日ニューヨーク録音
日VICTOR 13233 1932年2月4日ニューヨーク録音
日VICTOR 4135 1929年10月ミラノ録音
日VICTOR 11384 1934年日本録音
関屋敏子(1903-1941)は20世紀前半を代表するソプラノ歌手。東京・小石川生ま
れ。東京音楽学校(現東京芸術大学音楽学部)中退。1928年にデビュー後イタリア
に留学し、ボローニャ大学で学んだ後スカラ座のオーディションに合格しヨー
ロッパ各地で活躍した。その経歴は近刊の「関屋敏子-日本唯一の超人歌姫の謎」
(江本弘志著)(文芸社)に詳しい。ここではポピュラーな曲を選んだが、関屋は
50枚以上のSPレコード録音があり、未復刻のものを含めて将来このシリーズ
で発売する予定。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジのスピリッツSP78rpm(4mil 針)とコルグの[DS-DAC-10R]DSD
録音機を使用した。

78CDR-3930
シューマン:子供の情景 作品15
マリラ・ジョナス(ピアノ)
米 COLUMBIA 72498/9C
1947年9月30日ニューヨーク録音
マリラ・ジョナス(1911-1959)はポーランドのワルシャワ生まれ。9歳の時ワル
シャワでデビューし、大ピアニスト、パデレフスキの弟子になった。1922年に国
際ショパン賞、翌23年にはウィーンでベートーヴェン賞を受賞、1926年からヨ
ーロッパ各地でリサイタルを開くようになった。しかし1939年にナチス・ドイツ
のポーランド侵攻によって、強制収容所に収監されたが、数週間後に演奏を聴
いたことがあるドイツの高官の手助けを得て脱走、数カ月かけてベルリンのブ
ラジル大使館まで約520キロメートルを徒歩で逃亡、リスボン経由でブラジルの
リオ・デジャネイロへ亡命した。しかし同郷のアルトゥール・ルービンシュタ
インが声をかけ、1946年2月25にニューヨークのカーネギー・ホールでアメリカ
・デビューして成功をおさめた。1946年にアメリカCOLUMBIAに録音を始めたが、
1959年に病気のため48歳で死去した。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジのスピリッツSP78rpm(4mil 針)とコルグの[DS-DAC-10R]DSD
録音機を使用した。

78CDR-3931 ※機械式録音(電気録音以前)の復刻音源
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調 作品131
レナー弦楽四重奏団
イェノ・レナー(第1ヴァイオリン)
ヨーゼフ・スミロヴィッツ(第2ヴァイオリン)
シャーンドル・ロート(ヴィオラ)
イムレ・ハルトマン(チェロ)
英 COLUMBIA L1581/85
1924年2月11日、2月21日、2月22日&8月24日録音
レナー弦楽四重奏団は1918年にハンガリーのブダペストで結成された。メンバ
ー全員がブダペスト音楽院出身。リーダーのイェノ・レナー(1894-1948)、第2
ヴァイオリンのヨーゼフ・スミロヴィッツとヴィオラのシャーンドル・ロート
がイェノ・フバイ(1858-1937)の弟子、チェロのイムレ・ハルトマンがダヴィッ
ド・ホッパー(1843-1913)に師事した。4人はブダペスト・オペラの楽員だった
が、1918年のハンガリー革命を機に弦楽四重奏団を結成した。2年に渡って田舎
の村にこもって練習を積んだ後、1920年にウィーンでデビューした。そこに居
合わせた作曲家のラヴェル(1875-1937)が演奏に感動し、彼らをパリに招いた。
公演はセンセーショナルな成功を収め、その後1922年にロンドンにデビューし
た。この録音はレナー弦楽四重奏団初のベートーヴェン録音。9年後の1933年
には電気録音で再録音している。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジのスピリッツSP78rpm(4mil 針)とコルグの[DS-DAC-10R]DSD
録音機を使用した。
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23-12 No.1 [音楽]

★ダイレクト・トランスファー CD-R 2023年12月新譜 3点発売★
発売予定:2023年12月下旬発売予定 価格:各1枚 ¥800(税込み)
※セット販売ではありません。1枚づつお申し込みいただけます。

78CDR-3926
モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番変ホ長調 K.482
エトヴィン・フィッシャー(ピアノ)
ジョン・バルビローリ指揮
管弦楽団
英HIS MASTER'S VOICE DB2681/4
1935年6月6日ロンドン、アビー・ロード EMI第1スタジオ録音
エトヴィン・フィッシャー(1886-1960)はスイス生まれのピアニスト、指揮者、
教育者。ベルリンでリストの最後の弟子だったマルティン・クラウゼ(1853-
1918)に師事し、1933年にEMIのアーティストになりJ.S.バッハの「平均律クラ
ヴィーア曲集」全曲(78CDR-1142/6)の世界初録音を行った。ジョン・バルビロ
ーリ(1899-1970)はロンドン生まれ。最初チェロ奏者(78CDR-3443 J.S.バッハ:
チェロ・ソナタBWV.1027、1929年録音)として音楽活動を始め、1925年室内管
弦楽団を組織して指揮者にに転向。1936年ニューヨーク・フィルハーモニーの
首席指揮者になり1943年までつとめた。1943年からイギリスのハレ管弦楽団の
音楽監督を1958年までつとめ、その後ヒューストン交響楽団の常任指揮者(1961
-1967)もつとめた。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジの上級モデル〔ゼロSP 78rpm〕(3mil 針)とコルグの
[DS-DAC-10R]DSD録音機を使用した。

78CDR-3927
サン= サーンス:チェロ協奏曲第1番イ短調 作品33
ピエール・フルニエ(チェロ)
ワルター・ジュスキント指揮
フィルハーモニア管弦楽団
英 HIS MASTER'S VOICE DB 6602/03
1947年9月29&30日ロンドン、アビーロード EMI第1スタジオ録音
ピエール・フルニエ(1906-1986)はパリ生まれ。最初ピアノを学んだが6歳の時
小児麻痺による右足障害のためにチェロに転向した。1923年パリ音楽院一等賞
を得て楽壇にデビュー、ヴァイオリンのガブリエル・ブイヨン、ピアノのヴラ
ド・ペルルミュテールとのトリオで注目された。1937年エコール・ノルマル教
授、1941年から49年までパリ音楽院教授をつとめた。1942年ヴァイオリンのシ
ゲティ、ピアノのシュナーベルとのピアノ・トリオ、ヴィオラのプリムローズ
を加えての四重奏で活躍、さらに1945年にはヴァイオリンのティボー、ピアノ
のコルトーと演奏活動をした。指揮者のワルター・ジュスキント(1913-1980)
はプラハ生まれ。1934年にプラハのドイツ歌劇場でセルのアシスタントとして
活躍、1938年にナチスの迫害をのがれてイギリスに移住。以降スコットランド
管弦楽団、メルボルン交響楽団、トロント交響楽団、セントルイス交響楽団、
シンシナティ交響楽団の指揮者を歴任した。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジの上級モデル〔ゼロSP 78rpm〕(3mil 針)とコルグの
[DS-DAC-10R]DSD録音機を使用した。

78CDR-3928
R.シュトラウス:オーボエ協奏曲ニ長調(1945-6)
レオン・グーセンス(オーボエ)
アルチェオ・ガリエラ指揮
フィルハーモニア管弦楽団
英 COLUMBIA DX 1444/6
1947年9月15&23日ロンドン、アビー・ロード EMI第1スタジオ録音
レオン・グーセンス(1897-1988)は20世紀前半を代表するイギリスの優れたオー
ボエ奏者。指揮者のアルチェオ・ガリエラ(1910-1996)はミラノ生まれのイオタ
リアの指揮者。パルマ音楽院の教授だった父親から音楽の手ほどきを受けた後、
生地のミラノ音楽院でピアノ、オルガン、作曲を学んだ。1932年から母校で教
鞭をとっていたが、1941年に指揮者に転向し、ローマ聖チェチーリア音楽院管
弦楽団を指揮してデビューした。第二次世界大戦中にスイスに亡命し、1945年
にルツェルン音楽祭に出演した。以降レコード録音を含め活躍した。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジの上級モデル〔ゼロSP 78rpm〕(3mil 針)とコルグの
[DS-DAC-10R]DSD録音機を使用した。
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23-11 No.1 [音楽]

★これまでダイレクト・トランスファー・シリーズのDSDファイルのUSBメモリー
での販売も行ってまいりましたが、DSDファイルのダウンロード販売の環境も
整ってまいりましたので、USBメモリーでの販売は終了とさせていただきます。
ダウンロード販売は引き続き下記のサイトで行っておりますので、ご利用を
よろしくお願いいたします。
ダウンロード・販売サイト: https://shinshuu.com/dsda/

★You Tubeで一部タイトルが試聴できます。
https://www.youtube.com/channel/UCMZSL60J-WC_7wzpo4_2EXg/

★送料サービスのご案内
ダイレクト・トランスファー・シリーズは、代金を当店口座にお振込みいただ
ける場合は、送料サービスで発送させていただきます。

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★ダイレクト・トランスファー CD-R 2023年11月新譜 3点発売★
発売予定:2023年11月下旬発売予定 価格:各1枚 ¥800(税込み)
※セット販売ではありません。1枚づつお申し込みいただけます。

78CDR-3923
シューマン:ヴァイオリン協奏曲ニ短調
J.S.バッハ:
無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ホ長調 BWV.1006 より
ガヴォットとロンド
ゲオルク・クーレンカンプ(ヴァイオリン)
ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
日TELEFUNKEN 23653/6(独TELEFUNKEN 2395/8 と同一録音)
1937年12月20日ベルリン、ジングアカデミー録音
協奏曲は作曲者シューマンが死の3年前に名ヴァイオリン奏者ヨーゼフ・ヨアヒ
ム(1831-1907)の依頼で作曲したが、ヨアヒムは楽譜を封印し演奏しなかった。
1937年にベルリン図書館のヨアヒムの蔵書から発見され、ナチス宣伝省の主導
で録音された。ヴァイオリンのクーレンカンプ(1898-1948)はドイツのブレーメ
ン生まれ。第二次世界大戦中ソリストとして活躍する傍ら、ベルリン高等音楽
院教授を1943年までつとめた。指揮者のハンス・シュミット=イッセルシュテッ
ト(1900-1973)は大戦中も非ナチス党員を保ち、戦後に北ドイツ放送交響楽団の
創立に尽力した。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジの上級モデル〔ゼロSP 78rpm〕(3mil 針)とコルグの
[DS-DAC-10R]DSD録音機を使用した。

78CDR-3924
ブラームス:チェロ・ソナタ第1番ホ短調作品38
グルック:メロディ(オルフェオより)
エマヌエル・フォイアマン(チェロ)
テオ・ファン・デル・パス(ピアノ)
日COLUMBIA J 8517/19(英 COLUMBIA LX 404/6と同一録音)
1934年7月10&11日ロンドン録音
チェロのエマヌエル・フォイアマン(1902-1942)は現ウクライナのコロミア生ま
れ。ライプツィヒ音楽院でユリウス・クレンゲル(1859-1933)に師事した。1929
年にベルリン高等音楽院の教授になり齋藤秀雄(1902-1974)も教えた。ナチスを
逃れ、一時スイスに居を構えたが1938年アメリカに移住した。20世紀前半を代
表するチェリストとしてカザルスに次ぐチェロの巨匠として期待されたが、第
二次世界大戦中に若くして亡くなった。1934年と1936年の2回来日し、日本コロ
ムビアに多くのSP録音を残した。ピアノのテオ・ファン・デル・パス(1902-
1896)はオランダ生まれ。ハーグ音楽院出身。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジの上級モデル〔ゼロSP 78rpm〕(3mil 針)とコルグの
[DS-DAC-10R]DSD録音機を使用した。

78CDR-3925
ドイツのナイチンゲール/エルナ・ザックの芸術
(1)メドレー: 1.思い出(ドルドラ)- 2.セレナード(トゼリ)-
3.デュバリ伯爵夫人-私は一人の人にのみ心を捧げます(ミレッカー)-
4.こうもり-侯爵様、あなたのようなお方には(J. シュトラウス 2世)
U.S.CAPITOL 81700A (8033-1D-1) 1935年11月26日録音
(2)メドレー: 1.ワルツ春の声(J.シュトラウス 2世)-
2.セレナード第1番(ドルドラ)- 3.ジプシーの歌(ボルディ)-
4.ウィーンの森の物語(J.シュトラウス 2世)
U.S.CAPITOL 81701A (8034-1D-1) 1935年11月26日ベルリン録音
Recorded 26 November 1935
(3)フニクリ・フニクラ(L.ダンツァ)
U.S.CAPITOL 81702A (8035-1D-1) 1938年録音
(4)語りたまえ(パルラ・ワルツ)(アルディーティ)
U.S.CAPITOL 81702B (8033-1D-1) 1935年1月29日録音
(5)ユビラーテ(ジルヒャー)
U.S.CAPITOLA 81701B (8036-1D-7) 1939年録音
(6)オーストリアの村つばめ(ヨーゼフ・シュトラウス)
U.S. CAPITOL 81700B (8048-1D-3) 1939年ベルリン録音
エルナ・ザック(ソプラノ)
ヴィリー・チェルニック指揮
ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団&合唱団((1),(2),(6))
ロルフ・シュレーダー指揮
ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団&合唱団(3)
ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮
ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団(4)
ヴォルフガング・ヴァリシャウザー指揮
ジルヒャー・ダブル四重唱団(5)
原録音は独テレフンケン。復刻は米CAPITOL の戦後盤SPレコードによった。
エルナ・ザック(1898-1972)はベルリン生まれのソプラノ。ドイツの "ナイチン
ゲール" と言われ人気を得た。戦前のレコード批評家あらえびすはその著書
「名曲決定盤」で彼女の魅力をこう書いていた。「近頃ドイツで騒がれている
人気歌手だ。若さと美しさをまき散らすようなところがこの人の受け容れられ
る原因だろう。声も技巧も良いが、それよりも張り切った若さと、魅力が特色
だ。」今回の復刻CDはこれまでのものと一線を画すると思う。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジの上級モデル〔ゼロSP 78rpm〕(3mil 針)とコルグの
[DS-DAC-10R]DSD録音機を使用した。
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23-10 No.1 [音楽]

★ダイレクト・トランスファー CD-R 2023年10月新譜 3点発売★
発売予定:2023年10月下旬発売予定 価格:各1枚 ¥800(税込み)
※セット販売ではありません。1枚づつお申し込みいただけます。

78CDR-3920
シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ短調作品105
アドルフ・ブッシュ(ヴァイオリン)
ルドルフ・ゼルキン(ピアノ)
英 HMV DB3371/2
1937年10月9日ロンドン、アビー・ロード、EMI第3スタジオ録音
アドルフ・ブッシュ(1891-1952)はドイツの名ヴァイオリニスト。2歳からヴァイ
オリンを始め1902年ケルン音楽院でウィリー・ヘスやブラム・エルデリンクに師
事した。16歳の時、大作曲家マックス・レーガーに注目された。1912年、20歳の
時、ウィーンのコンツェルトフェライン(ウィーン交響楽団)のソロ・ヴァイオリ
ンに抜擢された。1918年ベルリン高等音楽院のヴァイオリン教授に任命され、
弦楽四重奏団も組織した。1927年以降スイスのバーゼルに住居をかまえ、若き
ユーディ・メニューインを指導したこともある。ナチスの台頭で、ユダヤ系ピア
ニスト、ルドルフ・ゼルキン(1903-1991)と共にヨーロッパを去り、アメリカに
移住した。ゼルキンは1920年にアドルフ・ブッシュのデュオ・ピニストに抜擢さ
れ、後にブッシュの娘イレーネと結婚した。1951年マールボロ音楽学校と音楽祭
を創設、主宰した。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジの上級モデル〔ゼロSP 78rpm〕(3mil 針)とコルグの
[DS-DAC-10R]DSD録音機を使用した。

78CDR-3921
リヒャルト・シュトラウス:ホルン協奏曲第1番変ホ長調作品11
デニス・ブレイン(ホルン)
アルチェオ・ガリエラ指揮
フィルハーモニア管弦楽団
英 COLUMBIA D.X.1397/8
1947年5月21日録音
デニス・ブレイン(1921-1957)はイギリスのホルン奏者。父親で名ホルン奏者の
オーブリー・ブレイン(1893-1955)の指導を受けた。デニス・ブレインは1957年
9月1日、エディンバラからロンドンに戻る途中、自身が運転するスポーツカー
(トライアンフ)の事故で命を落とした。享年36。デニス・ブレインはこのシリー
ズでモーツァルト:ホルン協奏曲第2番&第4番(78CDR-3291)、モーツァルト ホル
ン、ヴァイオリン、2つのヴォラとチェロのための五重奏曲(78CDR-3386)、チャ
イコフスキー交響曲第5番(第2楽章のホルン・ソロ)(78CDR-3158)が出ている。
指揮者のアルチェオ・ガリエラ(1910-1996)はイタリア、ミラノ生まれ。ミラノ
音楽院出身。1941年に指揮者デビュー。第二次世界大戦勃発でスイスに亡命。
1945年にルツェルン音楽祭に出演後、演奏活動を再開した。シャルル・デュト
ワの師。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジの上級モデル〔ゼロSP 78rpm〕(3mil 針)とコルグの
[DS-DAC-10R]DSD録音機を使用した。

78CDR-3922
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第10番変ホ長調作品74「ハープ」
レナー弦楽四重奏団
イェノ・レナー(第1ヴァイオリン)
ヨゼフ・スミロヴィッツ(第2ヴァイオリン)
シャーンドル・ロート(ヴィオラ)
イムレ・ハルトマン(チェロ)
英 COLUMBIA LX319/322
1932年3月10&14日ロンドン録音
レナー弦楽四重奏団は1918年にハンガリーのブダペストで結成された。メンバー
全員がブダペスト音楽院出身。リーダーのイェノ・レナー(1858-1948)、第2ヴァ
イオリンのヨゼフ・スミロヴィッツとヴィオラのシャーンドル・ロートの3人が
イェノ・フバイ(1858-1937)の弟子、チェロのイムレ・ハルトマンはダヴィッド
・ホッパー(1843-1913)に師事した。4人はブダペスト・オペラの楽員だっただっ
たが、1918年のハンガリー革命を機に弦楽四重奏団を結成した。2年間田舎の村
にこもって練習を積んだ後、1920年にウィーンでデビューした。その後1922年に
ロンドンに、1929年にアメリカにデビュー。1927年のベートーヴェン没後100年
を記念して16曲の弦楽四重奏曲中11曲(SPレコード40枚)を英コロンビアに録音
した。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジの上級モデル〔ゼロSP 78rpm〕(3mil 針)とコルグの
[DS-DAC-10R]DSD録音機を使用した。
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23-09 No.1 [音楽]

★ダイレクト・トランスファー CD-R 2023年9月新譜 3点発売★
発売予定:2023年9月下旬発売予定 価格:各1枚 ¥800(税込み)
※セット販売ではありません。1枚づつお申し込みいただけます。

78CDR-3917
ジャン・マルティノン/ラヴェル&シャブリエ管弦楽曲集
ラヴェル:組曲「クープランの墓」
シャブリエ:田園組曲
英DECCA AK 1838/39(ラヴェル)
ffrr Recording
1947年5月13日ロンドン、キングズウェイ・ホール録音
米LONDON T.5126/7(シャブリエ)(英DECCA AK 2239/40と同一録音)
ffrr Recording
1948年12月15日ロンドン、キングズウェイ・ホール録音
ジャン・マルティノン(1910-1976)はフランスのリヨン生まれ。パリ音楽院で
ヴァイオリンを学び、ヴァンサン・ダンディとアルベール・ルーセルに作曲、
シャルル・ミュンシュとロジェ・デゾルミエールに指揮法を師事した。ヴァイ
オリニストとして出発したが、途中で指揮者に転向、パリ音楽院管弦楽団、ボ
ルドー交響楽団、コンセール・ラムルー、イスラエル・フィルハーモニー、
デュッセルドルフ交響楽団などの指揮者を歴任。1958年からはフリーランス。
その後シカゴ交響楽団の音楽監督をつとめた。1968年からフランス国立放送管
弦楽団の音楽監督に就任し、フランス指揮界における重鎮として活躍したが、
1976年3月1日、66歳で他界した。この録音はSPレコード時代の末期のもので、
若き日のマルティノンの音楽を聴くことができる貴重な録音。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジの上級モデル[ゼロSP 78rpm](3mil針)とコルグの[DS-DAC-10R]
DSD録音機を使用した。

78CDR-3918
ベートヴェン:七重奏曲変ホ長調作品20
ウィーン八重奏団のメンバー
ウィリー・ボスコフスキー(ヴァイオリン)
ヨハン・クルンプ(コントラバス)
アルフレート・ボスコフスキー(クラリネット)
ルドルフ・ハンツル(バスーン)
ヨゼフ・ウェレバ(ホルン)
ギュンター・ブレイテンバッハ(ヴィオラ)
ニコラウス・ヒュブナー(ヴィオラ)
英 DECCA AX 306/310 ffrr録音
1948年7月スイス、ジュネーヴ放送スタジオ録音
(プロデューサー:ヴィクター・オロフ、エンジニア:ケネス・ウィルキンソン)
ウィーン八重奏団は、長い伝統に育まれた独特の優美な響きと、自発性に富ん
だ豊かな表現で、世界最高のオーケストラとして、世界中の音楽ファンから愛
されてきたウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の首席奏者たちを中心に結成
された。第二次世界大戦後直後の1947年、当時ウィーン・フィルのコンサート
・マスターだったウィリー・ボスコフスキー(1909-1991)と彼の実弟で首席クラ
リネット奏者アルフレート・ボスコフスキー(1913-1990)を中心に弦楽器奏者5
人、管楽器奏者3人で結成された。これはその初録音。SPレコードの末期で英
国デッカ社はウィーンにスタジオが無く、スイスのジュネーヴの放送局のスタ
ジオに出向き録音した。デッカ社がウィーンで録音を始めたのは1950年だった。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジの上級モデル[ゼロSP 78rpm](3mil針)とコルグの[DS-DAC-10R]
DSD録音機を使用した。

78CDR-3919 ※機械式録音盤(電気式録音以前)の復刻音源
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品61
イゾルデ・メンゲス(ヴァイオリン)
サー・ランドン・ロナルド指揮
ロイヤル・アルバート・ホール管弦楽団
英HMV D 767/71
1923年9月4、7&21日ロンドン録音
※復刻に使用したSP盤のキズによるノイズがあります
イゾルデ・メンゲス(1892-1976)は20世紀前半に活躍した英国の女流ヴァイオリ
ン奏者。1917年17歳で名ヴァイオリン教授レオポルド・アウアー(1845-1930)に
師事するためにロシアのザンクトペテルブルグに向かった。アウアーの元には
3年間逗留し教授の最もお気に入りの弟子だった。1913年、20歳でロンドンにデ
ビューした。その時のプログラムはチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、
ラロのスペイン交響曲に加えて、ベートーヴェンとブラームスのヴァイオリン
協奏曲の縮小版だった。1916年から1919年には北米公演を行いアメリカのメジャ
ー・オーケストラのほとんどと共演し名声を高めた。メンゲスはこのシリーズ
でJ.S.バッハ:「シャコンヌ」(78CDR-3020)、ブラームス:ヴァイオリン・ソナ
タ第3番(78CDR-3497)、ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ第4番(78CDR-3497)、
シューベルト:ソナチネ第3番(78CDR-3206)が出ている。指揮者のランドン・ロ
ナルド(1873-1938)はロンドン生まれ。ロンドン交響楽団、ロンドン新交響楽団
(ロイヤル・アルバート・ホール管弦楽団)、スコティッシュ・ナショナル管弦
楽団の首席指揮者を歴任。機械式録音時代からレコード録音が多数あった。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジの上級モデル[ゼロSP 78rpm](3mil針)とコルグの[DS-DAC-10R]
DSD録音機を使用した。
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23-08 No.1 [音楽]

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発売予定:2023年8月下旬発売予定 価格:各1枚 ¥800(税込み)
※セット販売ではありません。1枚づつお申し込みいただけます。

78CDR-3914
ブラームス:交響曲第2番ニ長調作品73
ピエール・モントゥー指揮
サン・フランシスコ交響楽団
米 VICTOR 11-9237/40
1945年3月19日サン・フランシスコ録音
ピエール・モントゥー(1875-1964)はフランス生まれの大指揮者。パリ音楽院で
ヴァイオリンと指揮法を学び、1906年コロンヌ管弦楽団を指揮して指揮者デビュ
ー。1911年からディアギレフのロシア・バレエ団の指揮者をつとめ、ストラヴィ
ンスキーの「春の祭典」、「ペトルーシュカ」などの初演を指揮した。第一次
世界大戦(1914-1918)でモントゥーは兵役に服したが1916年に除隊、アメリカに
渡り、翌年からメトロポリタン歌劇場の指揮者に就任、1935年から1953年まで
サンフランシスコ交響楽団の常任となり、同楽団の黄金時代を築いた。モントゥ
ーはその後フリーになり1963年にロンドン交響楽団と共に来日した。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジの上級モデル〔ゼロSP 78rpm〕(3mil 針)とコルグの
[DS-DAC-10R]DSD録音機を使用した。

78CDR-3915
モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番変ロ長調 K.595(カデンツァ:モーツァルト)
アルトゥール・シュナーベル(ピアノ)
サー・ジョン・バルビローリ指揮
ロンドン交響楽団
米 VICTOR 17053/56(英 HMV DB2249/52と同一録音)
1934年5月2日ロンドン、アビー・ロードEMI 第1スタジオ録音
今でこそ幾多の録音が存在するこの曲だが、1934年にウィーンでシュナーベル
によって演奏されたのは、なんとモーツァルトがこの地で初演して以来の二度
目の演奏会だったことはあまり知られていない。この曲の世界初録音。アルトゥ
ール・シュナーベル(1882-1951)はポーランドのリプニク(旧オーストリア領)生
まれ。1889年7歳でウィーン音楽院に入り、1891年から1897年に名教授テオドー
ル・レシェティツキ(1830-1915)に師事した。1901年ベルリン・デビュー、1933
年までこの地を本拠にした。その後1932年から1934年にロンドンに居を構え、
1939年にアメリカに移住した。指揮者のサー・ジョン・バルビローリはロンド
ン生まれ。1916年ヘンリー・ウッドの率いるクイーンズ・ホール管弦楽団に入
りチェリストとして活躍を始めた。1925年室内管弦楽団を組織して指揮者に転
向。1936年ニューヨーク・フィルの首席指揮者になった。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジの上級モデル〔ゼロSP 78rpm〕(3mil 針)とコルグの
[DS-DAC-10R]DSD録音機を使用した。

78CDR-3916
グリーグ:ピアノ協奏曲イ短調作品16
モウラ・リンパニー(ピアノ)
シドニー・ビーア指揮
ナショナル交響楽団
英 DECCA AK1134/37
1945年5月14日ロンドン、キングスウェイ・ホール録音
モウラ・リンパニー(1916-2005)はイギリスのコーンウォール生まれの女流ピア
ニスト。幼少時にベルギーの修道院に送られ、そこで音楽才能が開花し、リエ
ージュで勉強を続けた。その後ロンドンの王立アカデミーでも学んだ。さらに
ウィーンでパウル・ヴァインガルテンに師事し、1938年ブリュッセルで開催さ
れたイザイ・ピアノ・コンクールでソ連のエミール・ギレリス(1916-1985)に
次いで 2位に入賞した。第2次世界大戦後はイギリスで最も名前の通ったピアニ
ストになった。指揮者のシドニー・ビーアはナショナル交響楽団の創立者。こ
のシリーズでチャイコフスキー交響曲第5番(78CDR-3158)が出ている。第2楽章
のホルン・ソロはデニス・ブレインが吹いている。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジの上級モデル〔ゼロSP 78rpm〕(3mil 針)とコルグの
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23-07 No.1 [音楽]

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33CDR-3911
モーツァルト:
ピアノ協奏曲第20番ニ短調 K.466
ピアノ協奏曲第24番ハ短調 K.491
アルトゥール・シュナーベル(ピアノ)
ウォルター・ジュスキント指揮
フィルハーモニア管弦楽団
米 VCTOR LHMV-1012
1948年6月17-18(K.466)&6月18-19日
ロンドン、アビー・ロードEMI第1スタジオ録音
アルトゥール・シュナーベル(1882-1951)はポーランドのリプニク(旧オースト
リア領)に生まれた。1889年7歳でウィーン音楽院に入り、1891年から1897年に
名教授テオドール・レシェティツキ(1830-1915)に師事した。1901年ベルリン・
デビュー、1933年までこの地を本拠にした。その後1932年から34年にロンドン
に居を構え、1939にアメリカに移住した。このモーツァルトは大戦後の1948年
に録音されたが、SPレコードでは発売されずに、初レコードはこのRCA盤だっ
た。指揮者のワルター・ジュスキント(1913-1890)はプラハ生まれ。1938年ナチ
スの迫害を嫌ってイギリスに逃れた。EMIのハウス・コンダターとして、巨匠達
の録音伴奏指揮者を務めた。
復刻には今秋発売予定のダイレクト・カップルMC型ートリッジとKORGの
DS-DAC-10R録音機を使用した。

78CDR-3912
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第4番ハ短調作品18-4
パガニーニ弦楽四重奏団
アンリ・テミアンカ(第1ヴァイオリン)
ギュスタヴ・ロッセール(第2ヴァイオリン)
ロベール・クルト(ヴィオラ)
ロベール・マース(チェロ)
英 HIS MASTWER'S VOICE 8488/90
1947年5月22日、ロンドン、アビー・ロードEMIスタジオ録音
パガニーニ弦楽四重奏団は1944年アンリ・テミアンカ(1906-1992)によって結成
された。結成の前年テミアンカは元プロアルト弦楽四重奏団のチェリスト、ロ
ベール・マースに会った。マースは新しい弦楽四重奏団のスポンサーになる人
物が居ることを話し、またニューヨークの楽器店で売り出されていたパガニー
ニ(1872-1840)が所有していた 4本のアントニオ・ストラディヴァリ(1644-1737)
製の楽器を同じスポンサーが購入して貸与されることで四重奏団をスタートし
た。1946-47年のシーズンにオール・ベートーヴェンのプログラムをワシントン
の国会図書館で演奏し大成功を収め、すぐにRCA VICTOR社が契約した。各奏者
の略暦は78CDR-3379ドビュッシー弦楽四重奏曲にある。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジの上級モデル〔ゼロSP 78rpm〕(3mil 針)とコルグの
[DS-DAC-10R]DSD録音機を使用した。

78CDR-3913
シューマン:チェロ協奏曲イ短調作品129
ルートヴィヒ・ヘルシャー(チェロ)
ヨーゼフ・カイルベルト指揮
ベルリン国立歌劇場管弦楽団
日VICTOR JD-1599/601(英HMV DB4550/52と同一録音)
1938年6月8日ベルリン録音
ルートヴィヒ・ヘルシャー(1907-1996)はドイツのチェリスト。6歳でチェロを
始め、ライプツィヒでユリウス・クレンゲル(1859-1933)に、ベルリンでフーゴ
・ベッカー(1864-1941)に師事し、1930年にメンデルスゾーン賞を受賞し、1936
年フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルの演奏会でソリストとしてデビュ
ーした。その後ピアノのエリー・ナイ(1882-1968)、ヴァイオリンのマックス・
シュトループ(1900-1968)とピアノ三重奏団を組んだ。ヨーゼフ・カイルベルト
(1908-1968)はドイツの指揮者。これは大戦中に録音されたこの指揮者の最初期
の録音。LP時代になって多くの名録音を残している。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジの上級モデル〔ゼロSP 78rpm〕(3mil 針)とコルグの
[DS-DAC-10R]DSD録音機を使用した。
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23-06 No.1 [音楽]

★ダイレクト・トランスファー CD-R 2023年6月新譜 3点発売★
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78CDR-3908
ベートーヴェン:交響曲第2番ニ長調作品36
パウル・ファン・ケンペン指揮
ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団
独 GRAMMOPHON 67608/12S
1941年ドレスデン録音
指揮者のパウル・ファン・ケンペン(1893-1955)はオランダ生まれ。アムステル
ダム音楽院で、ユリウス・レントヘン(1855-1932)、ベルナルト・ズヴェールス
に作曲と指揮法を、ルイ・ツィマーマン(1873-1954)にヴァイオリンを学び、ア
ムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の第2ヴァイオリン奏者としてキャリ
アをスタートした。1932年にドイツ国籍を取得し、1933年に指揮者デビュー。
1934年にドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任。1942年か
ら1944年までアーヘン市立歌劇場の音楽監督をつとめた。第二次大戦後、活動
の場をオランダに移したが、戦時中のナチス政権とのかかわりを問題視され物
議を醸した。1955年アムステルダムで死去。ファン・ケンペンはSPレコード
にベートーヴェンの交響曲第5番(ドレスデン・フィル)と交響曲第8番(ベルリン
・フィル)を独 POLYDORに録音していた。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジの上級モデル〔ゼロSP 78rpm〕(3mil 針)とコルグの
[DS-DAC-10R]DSD録音機を使用した。

78CDR-3909
ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調作品26
ユーディ・メニューイン(ヴァイオリン)
ピエール・モントゥー指揮
サンフランシスコ交響楽団
米 VICTOR 11-8951/53
1945年1月27日サンフランシスコ録音
ユーディ・メニューイン(1916-1999)はニューヨーク生まれのユダヤ系ヴァイオ
リニスト。 4歳からヴァイオリン教育を受け、7歳でサンフランシスコ交響楽団
と共演して初舞台を踏んだ。ルッジェロ・リッチ(1918-2012)の師でもあったル
イス・パーシンガー(1887-1966)が最初のヴァイオリン教師。その後パリでジョ
ルジュ・エネスコ(1881-1955)に、ベルリンでアドルフ・ブッシュ(1891-1952)
に師事した。このブルッフはメニューインの2回目の録音。ピエール・モントゥ
ー(1875-1964)はパリ生まれのフランスの大指揮者。1935年から1953年アメリカ
のサンフランシスコ交響楽団の指揮者をつとめ、同楽団の黄金時代を築いた。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
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78CDR-3910
ショパン:
ピアノ協奏曲第2番ヘ短調作品21
ワルツ第7番嬰ハ短調作品64-2
アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ)
ジョン・バルビローリ指揮
ロンドン交響楽団
英 HMV DB 1494/7
1931年1月8-9日ロンドン、キングズウェイ・ホール(協奏曲)
1930年12月17日ロンドン、小クイーンズ・ホール内スタジオC録音
アルトゥール・ルービンシュタイン(1887-1982)はポーランド生まれの大ピアニ
スト。そのレパートリーは古典派から現代音楽と幅広く、電気録音の初期から
レコード録音を始めた。生涯の前半をヨーロッパで過ごし、1937年にアメリカ
に移住した。このショパンはルービンシュタインの初期の録音で、ここに収め
られた「ワルツ嬰ハ短調」はなんとテイク8(八回やり直してOKを出した)だった。
これは限られたアーティストにのみ許されたことで、ヴァイオリンの巨匠フリッ
ツ・クライスラーにテイク 7(ベートーヴェン「スプリング・ソナタ」の第3楽
章-78CDR-3014)というのがあった。ルービンシュタインは後年ショパンのほぼ
全作品のレコード録音を完成している。指揮者のジョン・バルビローリ(1899-
1970)は1916年にヘンリー・ウッドの率いるクイーンズ・ホール管弦楽団にチェ
リストとして入団(J.S.バッハ:チェロとピアノのためのソナタが78CDR-3443で
出ている)。1925年には自らの室内管弦楽団を組織して指揮をはじめた。1936-
43年にニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者をつとめた。
SPレコード時代シュナーベルやクライスラーらの巨匠との録音があった。
復刻には「音のエジソン」 http://www.otono-edison.com/ SPレコード専用
MC型カートリッジの上級モデル〔ゼロSP 78rpm〕(3mil 針)とコルグの
[DS-DAC-10R]DSD録音機を使用した。
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